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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(行ツ)112号 判決

東京都台東区元浅草一丁目一五番二号

上告人

山口好雄

右訴訟代理人弁護士

田中富雄

白石光征

東京都台東区蔵前二丁目八番一二号

被上告人

浅草税務署長 北川烈

右指定代理人

岩田栄一

右当事者間の東京高等裁判所昭和五二年(行コ)第四三号更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五三年五月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人白石光征、同田中富雄の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林譲)

(昭和五三年(行ツ)第一一二号 上告人 山口好雄)

上告代理人白石光征、同田中富雄の上告理由

第一、原判決理由

原判決は、前記通則法所定の「やむを得ない理由」がなかった旨認定し、その理由として第一に、上告人が昭和四二年四月一五日から約一か月間急性ヴイールス性肝炎、化膿性扁桃腺炎、慢性実質性腎炎により意識やゝ 状態にあった旨の証拠があるが、それによっても必ずしも本件審査期間中高熱が続き継続して人事不省ないし意識不明の状況にあったとは認め難いとした一審判決を全面的に援用し、第二に「……このように郵便による場合には、郵便物が名宛人の住所等に配達されることによって右の「通知を受けた」ものとされ、名宛人が一身上の都合によりたまたま現実に送達書類を了知しなかったとしても通知受領の効果を否定することはできないものというべく、また当該書類の送達は受送達者が現実に直接その書類を受領し了知することを要するものでなく、その内容を了知することができる状態に置けば足りるものと解すべきであるから、受送達者本人ではなく、本人の同居者、使用人その他本人と一定の関係があって、その者が送達書類を受領すれば遅滞なく受送達者本人に到達させることを期待できる者が受領することによって送達が完成するものというべきところ、本件異議決定書謄本が昭和四二年四月一五日簡易書留郵便によって控訴人の住所に配達されたことは前示認定のとおりであり、また同居の親族がこれを受領していることは弁論の全趣旨によって明らかであるから、これらは社会通念上現実に了知しうべき客観的状態を生じているものというべきであって、たまたま控訴人本人がその内容を了知することができなかったとしても、右日時に本件異議決定の通知を受けたものと解すべく、したがってこのときから審査請求期間が進行する」というものである。

第二、原判決の理由齟齬・理由不備

本件審査請求の法定期間徒過につき「やむを得ない理由」がないとする原判決の判示には明らかな理由齟齬ないし理由不備の違法がある。

前期判決理由第一は、上告人が審査請求期間中果して甲一号証掲記の病状にあったか否か疑わしく、仮りに右病状にあったとしても必ずしも「やむを得ない理由」と認められないというものである。

つまりこゝで原判決は旧国税通則法第七九条五項、第七六条三項の「やむを得ない理由」の解釈として、審査期間内に審査請求をしなかったことについて社会通念上やむを得ない事由がある場合で、病気等のため期間内に審査請求することが不可能ないし困難であると認められる場合も含まれるとの立場をとっていることは一見明らかである。

他方原判決が掲げる第二の理由は、要するに同法七九条三項の「通知を受けた」とは、通知が同居の親族がこれを受領する等して社会通念上現実に了知しうるべき客観的状態が生じていればたまたま上告人本人がその内容を了知することができなかったとしても通知をうけたというものである。こゝでは被通知人本人が当該通知を現実に了知したか否かについて全く考慮の外におかれている。「やむを得ない理由」の有無は被通知人以外の者を含めきわめて広い対象にわたって判断されることとなり、かゝる論法によれば上告人自身が病気であったか否かとか、病状の内容・程度がどうであったか等問題にならず、また本人の病気が「やむを得ない理由」に該当するか否かを判断する必要も実益も全くないことになる。従って病状の如何では「やむを得ない理由」の該当性を認める第一の理由(論旨)と明らかに矛盾をきたすものである。もし第一、第二の理由が一つの結論にむけて矛盾なく統一的に成り立つというのであればそのことを説示すべきである。これを欠く原判決は明らかに理由齟齬ないし理由不備の違法があるといわなければならない。

第三、法令の解釈、適用の誤り

上告人の病状について前記旧国税通則法第七九条第五項、第七六条第三項所定の「やむを得ない」事由に該らないとした原判決は、同法の解釈・適用を誤りひいては判決に明らかに影響を及ぼすべき法令違背をおかすものである。

一、本人がしっかりした受け答えをするようになったのは一ヵ月以上たってからで、身体も相当衰弱していた。家族は葬式の心配までしていた。本人の意識はもうろう状態で、五月一四日ごろうっすらと意識が回復しはじめ、五月一六日にはかなりはっきりしてきた。五月二〇日頃から危険を脱してだんだんよくなっていった。佐藤医師は四〇日以上往診した(証人佐藤三蔵、原告本人)。

このように、上告人は、四月一五日の朝、高熱を発して以来一か月以上、いわば死線をさまよっていたのであった。

このような上告人が、四月一五日に配達されてきた本件異議決定の内容を知りうる状態になかったことは明らかである。上告人はその日以来、五月一六日まで、もはや完全に事理を弁識しうる能力を失い、異議決定に対しさらに不服を申立てるか、あるいはそれに従うかの判断は到底なしうる状態ではなかったのである。

したがって、四月一五日に決定書謄本が送達されたとしても(もちろん、これを受けとったのは家族であって本人ではない)本人が決定の通知を受けたとは全くいえないのであり、意識がかなりはっきりし、妻から見せられた五月一六日をもって通知を受けた日と解すべきなのである。

なお、上告人本人は、五月一六日に妻から見せられたとき、「決定書がきてから二、三日後にあんたに話したんだけれど」といわれたという。もちろん本人はそのことを知らない。おそらく妻が一時的に熱が下ったときにでも話したものであろう。これをもって通知を受けたといえないことは無論だが、仮にそういえるとしても、五月一六日はもとより一ヵ月以内であって本件訴えは適法というべきである(乙第四号証の聴取書は、質問自体極めて不十分で、かつ、本人の陳述を正確に記載していないこと明らかで証明力はない)。

二、本件審査請求が法定期間を一日徒過したことについては、「やむを得ない理由」があったものである。

原判決が援用する一審判決は、甲第一号証、証人佐藤三蔵の証言、原告(上告人)本人尋問の結果によっても、「必ずしも原告が右期間中高熱が続き継続して人事不省ないし意識不明の状況にあったものとは認められない」といい、また「仮に原告が急性ヴイルス性肝炎等の疾病に罹患した事実があったとしても、そのことから直ちに前示『やむを得ない理由』があったとは認められない」という。これは、医師や診断書、本人の供述を全く認めない極めて不当なものである。家族が死ぬのではないかと心配するほどの病気に陥り、医師も医学上の専門的立場から科学的にこれを裏づける明快な証言をしているにもかかわらず、これを全く信憑性のない証拠だけを根拠に素人である裁判官が何んの科学的説示もなく、単にそれが全く認められないというのは明らかに採証法則、経験則に反する違法な判断である。

つまり一審判決が反対証拠としてさげる乙第四号証や証人鈴木の証言はそもそも、「やむを得ない理由」があったのかどうかについて十分調査していないし、その不十分な調査のまま、しかも本人の陳述を正確に記載したものではないことが明らな証拠なのである。

また、乙第六号証の二、第七号証の一ないし三などの証拠によって、本人が五月一三日に浅草税務署において係官渡辺と面接していると認定しているが、これもはなはだしい事実誤認である。五月二〇日になってようやく快方に向ったという状況で、もちろん外出はできなかったのであるから(証人佐藤三蔵)、五月一三日に同署に赴いて面談するなどありえようはずがない。この日、同署に行ったのは、丸田会長ら五名であることは明らかであり、(証人佐藤武)、右渡辺の手帳にも、当初は確かに「5人」と記載されていたのが、後に「6人」と改ざんされたことがはっきりしているのである(乙第七号証の三)。また右渡辺の証言は極めてあやふやで一貫せず、ただ自分が作成した乙第六号証の二の内容に結果としてあわせているにすぎない。また、右号証のもとになるものが提出されていず、これだけでは極めて信用性はうすいと考えるのが経験則であろう。つまり、原判決が反対証拠としてあげる証拠こそ措信すべからざるものであり、これによりかかった一審判決の認定はとうてい維持されえないというほかないのである。

前記一の2でのべたような上告人の病状は、まさに「やむを得ない理由」に該当するというべきであり、本件訴えは適法である。原判決は明らかに判決に影響を及ぼすべき法令違背をおかしているといわなければならない。

以上

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